たった一つの冴えた殺り方



『本日12時30分、東海地方を中心とした、関東地方全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい』
人一人居ない駅のホームでは無機質な機械的なアナウンスが流れている。

澄み渡った青空の上に、銀色に輝く戦闘機が一筋の白線を描いて行った。
昼間なのに全く人が居ない不自然な静寂が包む街並みの中、中学生の制服らしき格好をした少年が、頭を抱えて蹲っている。
端から見ると、酷い頭痛に苛まれているように見えた。

「何故?・・・何故なんだ?」

白い半袖のワイシャツに黒いズボンを履いた華奢で中性的な少年は、まさに酷い頭痛に襲われている中、この状況が信じられないとばかりに呟いている。

「つぅっ・・・こ、これは・・・あの時なのか」

そう呟き少年は頭を横に向け、視線を目の前の道路へと向ける。

なんとか視界に入れたそこには、アスファルトの上に蜃気楼のように頼りなく立ち尽くす、中学校の制服らしい物を纏った蒼銀の髪に紅い瞳の少女が佇んでいた。

「綾波・・・そう言う事なの?」

まだ頭痛が治まらない中、少年は蹲り頭を抱えたまま顔を顰め、まるで時間が止まったかのように少女を凝視している。

一斉に辺りの鳥達が飛び立つ音に、注意を削がれ顔を上げると、少年の視界には本来なら在り得ない異形の巨人が戦闘機を薙ぎ払っている姿が飛び込んで来た。

異形の者が叩き落した戦闘機が墜落して来る。
突然の炸裂音が響き渡り、少年の頭痛を更に煽り立てる。
目の前に墜落し、その残骸が少年を襲うかと思われた時、青いスポーツカーが悲鳴のようなブレーキ音を響かせ、少年と爆風の間にドリフトで滑り込んで来た。

「お待たせぇっ!!」

ドアを開き、そこから顔を出したのは、サングラスをかけて黒いチャイナスーツを着た髪の長い女性。
悪びれもせずサングラスをひょこっと持ち上げ微笑んでいるその姿に、少年は、血の臭いがするヌメッとした感触の大人のキスとやらを思い出し吐き気を覚えた。



挨拶も碌に行わず少年を乗せ、車は、ハイスピードで市街から抜け出していた。
運転していた女性は、異形の者との戦闘が見える位置で車を停め、少年の方に身を乗り出し双眼鏡で戦場の様子を伺っている。

目の前にある女性の胸よりもラベンダーの香水が鼻につく。

(気持ち悪い・・・)

少年は今にも吐きそうだった。

「まさか、N2地雷を使うつもりっ!!シンジ君伏せてっ!!」

叫び声と共に女性は少年の上に覆い被さる。

辺り一帯が閃光で白一色に染め上げられ、轟音、最後に車をいとも簡単に転がす爆風が襲い掛かって来た。

回転が止んだ車の窓から外へと這い出ると、少年は、その場で吐いてしまう。
既に我慢の限界だったのだ。

(時間もないのに暢気に観戦してるからだよ)

少年は心の中で女性の行動を詰っていた。

「ちょ、ちょっと!大丈夫?!」

少年に続き窓から出て来た女性は、苦しそうに嘔吐している少年の様子に背中を摩りながら尋ねた。

「グェ〜ッ・・・ふぅ・・・ふぅ・・・な、なんとか・・・」
「そ、そう、私は葛城ミサト、ミサトでいいわ、改めてよろしく、碇シンジ君」

「ぅっぷ・・・グェ〜ッ」

ミサトの差し出した手を握ろうとした手は、再び自らの口を抑え、シンジは蹲り再度嘔吐する。
その様子に顔を顰めるしかないミサト。

(ちょっち運転乱暴過ぎたかしら?きっと車が転がされたからね)

ミサトは、行き成りの状況に対する緊張と、ちょっとした車酔いだろうと、自分の中で勝手に結論付けて思考を完結させていた。



破損した車の部品、主にバッテリーを『強制徴収』という便利な言葉を用いて、路上に放置された車から拝借し、シンジとミサトを乗せた車はNERVのカートレイン入口に到着していた。
流石のミサトも、顔面蒼白なシンジに話し掛ける事は出来なかったため、ここまで終始無言の道中であった。

「お父さんからID受け取ってない?」

未だに顔色の優れないシンジに話し掛けるのは憚られたのだが、ミサトは聞かなければならない事だと自らを奮い立たせてシンジに話し掛ける。
ミサトの言葉に、言葉無く封筒を差し出すシンジ。

一緒に入っていた「来い ゲンドウ」とだけ書かれ、ビリビリに破いた跡をセロテープで貼り付けた手紙を見てミサトは更にシンジに掛ける言葉を失った。

「これ、一応読んどいて」

【ようこそNERV江】と表題された分厚い資料を渡す事で、間を取り持とうとするミサト。

シンジは渡された資料を興味無さ気にパラパラと捲るとミサトに声を掛けた。

「ちょっ、ちょっと気分が悪いので横になっていて構いませんか?」
「え?えぇ、着いたら起こすからシートを倒して寝てて構わないわよ」

ミサトの言葉に頷くとシンジはシートを倒し、渡された資料を顔に被せて横になる。
顔色の悪い、本当に具合の悪そうなシンジに対し、ミサトも対応する術を持たなかった。

ふぅっと溜息を吐きながらミサトは、崩れた化粧を直し始める事にする。

(大丈夫かしら?この子)

何も知らず決戦兵器のパイロットとして呼び出された少年に、ミサトは頼りなさ過ぎる物を感じていた。



「おっかしいなぁ・・・確かこの道だったんだけど・・・」

もう同じ所を4回も通っているのだが、今にも嘔吐しそうなシンジは突っ込む事も出来ない。
ケイジが近づくに連れてLCLの臭いが鼻に付き、益々嘔吐感を増加させていたのだ。

出来ればこのまま迷い続けてくれれば良いとさえ考えていた。
嫌な事から逃げ出す性分は、相変わらず変わっていない様子だ。

「ごめんねぇシンちゃん、私もまだここ慣れてなくってさぁ・・・」
「・・・いえ」

今のシンジはそれだけ言うのが精一杯である。

「システムは使う為にあるのよ!」

苦しそうなシンジの様子に顔を顰めながらミサトは、呼び出したくは無い親友を呼び出す決意を固め携帯を取り出した。

近未来的な造りに似つかわしくないチンッと言う金属的な到着音を響かせ、エレベーターの扉が開くと、中からハイレグの水着の上に白衣を着た、金髪に黒眉の女性が出て来る。

「あ、あらリツコ・・・」

見慣れた親友を見たミサトだったが、その姿には唖然としてしまった。

「何やってたの葛城一尉。こっちは人手もなければ、時間もないのよ」
「ゴミン」

自らの服装がミサトを唖然とさせている事など気にもせずに憤慨するリツコに、ミサトは片手を顔の前に出しておどけた様子で謝る。

「この子が例の男の子ね」

ミサトには、この手の話は何度言っても糠に釘だと思い出し、リツコは顔をシンジの方に向け、値踏みするように上から下に目線を動かしながら、そう言った。

「そぉっ、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」
「随分顔色が悪いわね」

「N2地雷に晒された時に車が横転しちゃって、それからこの調子なのよねぇ」
「そう・・・いらっしゃいシンジ君、お父さんに会わせる前に見せたい物があるの」

リツコはシンジの様子を訝しんだものの、ミサトのお陰で既に時間が押してしまっている。
すっと踵を返すと同意を確認する事も無く歩き始めた。



『繰り返す。総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意』

「ですって」
「コレは一大事ね」

本来なら慌ててしかるべき放送に、落ち着いた態度、ともすれば気にも留めていないような雰囲気でミサトとリツコは会話を行っている。
一応上層部の二人であるから、予測されたこの程度の事でパニックになられても困るのは確かである。
本来なら、頼もしい上司と言うところだが、この二人には事態に対する根本的な緊張感と言う物が欠けていた。

特にミサトには、そんな物は欠片もない。
よく言えば豪胆、悪く言えば無頓着なのであろう。

「で、初号機はどうなの?」
「B型装備のまま、現在冷却中」

「それホントに動くのぉ。まだ一度も動いた事無いんでしょ」
「起動確率は、0.000000001%。オーナインシステムとは、よく言ったものだわ」

「それって、動かないって事?」
「あら失礼ね、0ではなくってよ」

「数字の上ではね。まぁ、どの道、『動きませんでした』では、もう済まされないわ」
ミサトとリツコはシンジそっちのけで話をしている。

(済まされないって、綾波は重傷だし、最初から僕を乗せる気だって事だったのか・・・僕って本当に周りの事を何も見ない馬鹿だったんだな・・・)

シンジはミサトの勝手な言葉に更に気分が悪くなっていく。
シンジは気が付いていないが、ここで初号機の話を持ち出す事自体が変なのである。
心配するならレイの事であろうし、シンジを行き成り出すつもりでなければ、シンクロ実験の準備についてでも尋ねるだろう。

「着いたわ。ここよ」

真っ暗な中でリツコが言ったが返事をする者は居ない。
明かりを付ると、シンジはその場に蹲り口を抑えていた。

「だ、大丈夫?シンジ君」
「う、うぅっぷ・・・ウゲ〜ッ・・・」

目の前で。なみなみと漂うLCLに向かいシンジは吐いた。
もう胃の中は空っぽなのか胃液だけが吐き出される。
胃酸の酸い臭いはLCLの血の臭いに掻き消された。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・す、すみません」
「いえ、いいのよ。ミサト?貴女一体どんな運転してきたの?」

「わ、私は普通に・・・」
「そう、貴女の普通の運転だったのね」

ここに来てリツコはシンジに哀れみの眼を向けた。
私のせいじゃないわよとミサトは拗ねているが、ミサトの運転を知っているリツコは急いで来たのならその洗礼を受けただろうと思っていた。

「シンジ君、こちらを見て頂戴」

しかし、そんな事をおくびにも出さず、自らのペースで話すリツコに言われ何とか顔を上げるシンジ。
それを確認したリツコは言葉を続けた。

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り札よ」
「・・・こ、これも父さんの仕事ですか」

気持ちが悪いながらもなんとか言葉を発するシンジ。

「そうだ!」

頭上から出番を待っていたかのように声を掛ける顎鬚に趣味の悪いサングラスの男、碇ゲンドウ。

「久しぶりだな、シンジ」
「・・・・・」

シンジは、再び襲いくる嘔吐感に顔を歪めながらゲンドウを睨むのみであった。
本当ならここで文句の一つも言ってやろうと考えていたのだが、如何せん気持ちが悪過ぎる。
何か喋ると、また吐きそうなため、その行為は諦める事にした。

「ふっ・・・出撃!」
「出撃!?零号機は凍結中でしょ!?まさか、初号機を使うつもりっ!?」

(いや、さっき「動かないでは済まされない」って言ってたし・・・)

シンジは白い目をミサトに向ける。

「他に方法はないわ」
「だってパイロットがいないわよ?」

「さっき着いたわ」
「・・・マジなの?」

何故か周りにいる作業員全員がシンジに視線を向ける。

(さっきまで真っ暗だったのに、何でこんなに人が居るのさ・・・)

視線を感じ周りを見渡し、シンジは呆れた。
ミサトは視線を合わせようとはしない。

「碇シンジ君。あなたが乗るのよ」
「待ってください司令!綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったんです!今来たばかりのシンジ君にはとても無理です!」

「座っていればいいわ。それ以上は望みません」
「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」

種の解っている手品ほどつまらない物はない。
しかし、シンジは待っていた。
どうしても確かめておきたい事、確かめておかなければならない事があったのだ。

「冬月っレイを起こせ!」
『使えるのかね?』
「死んでいるわけではない」

「もういちど初号機のシステムをレイに書き換えて、再起動よ!」

ゲンドウのシナリオを理解し、命令を出すリツコ。

「シンジ君それでいいの?何をしにここまで来たの?逃げちゃ駄目よ!シンジ君、お父さんから、何よりも自分からっ!」

(なんでこんな言葉に惑わされたんだろう?皆で押し付けてるだけじゃないか・・・)

そこに扉が開き、白い包帯と体にピッタリとフィットした白いレオタードのような物に身を包んだ少女が運び込まれてくる。

「レイ、予備が使えなくなった。出撃だ」
「はい・・・くっ」

小さな呻き声を上げながら起きあがろうとするレイと呼ばれた少女。
シンジは、その少女の方に向かって近づいて行く。

「いつまでそこに居る!お前など必要ない!さっさと帰れ! 人類の存亡をかけた戦いに臆病者は不要だっ!!」
「乗りなさいシンジ君!!シンジ君が乗らなければ、あの娘が乗る事になるのよ!恥ずかしくないのっ?!」

シンジはそんな声など聞こえていないかのように少女の下へと足を進めた。

(綾波を乗せようとしているのは父さんじゃないか。僕が恥ずかしいなら父さんは何なのさ・・・)

その時ケイジが激しく振動する。

「ちっ、奴めここに気付いたか」

態とらしく舌打ちするゲンドウ。
鉄骨が落ちてくるが、シンジは既にレイを抱えており、レイがストレッチャーから滑り落ちる事は無かった。

ケイジの揺れによりストレッチャーから落ちる前にシンジはレイを抱えたのだ。
その浮遊感に違和感を感じたのか少女は、自分を抱きかかえている少年に声を掛けた。
落ちる前に受け止められた為、傷口も開かず、言葉を発する余裕があったのだ。

「・・・貴方誰?」

落ちてくる鉄骨、それを薙ぎ払う初号機の右手。
見詰め合うシンジとレイ。

「僕が誰か知らないんだね?」

シンジの瞳は哀しみを湛えており、レイの紅い瞳は、ただ真直ぐにシンジを見詰めていた。

「そ、そんな有り得ないわ、エントリープラグも挿入していないのに」
「守ったと言うの?シンジ君を・・・いける」

周りでは、其々勝手な事を言っていたが、シンジにはレイの言葉だけが重要だった。

シンジは自分が時を逆行したのだと認識していた。
パラレルワールドだとかタイムパラドックスだとか関係ない。
今、自分はあの時のこの場所に立っており、同じ事を繰返しているのは事実なのだ。

その原因はリリスたるレイ以外に考えられない。
ならばレイも一緒に逆行しているのではないのかと考えたのだ。

レイも逆行しているなら、レイに何故そんな事をしたのか聞かなければならない。
しかし、このレイは違うようだ。
ならば、これからどうするかは自分で考えるしかない。

シンジは確信し、決断する。

「僕が・・・乗ります」

シンジが静かに発した言葉は、それ程大きい物ではなかったが、ケイジに居る全員に聞こえた。






シンジが眼を醒ました時に視界に飛び込んで来たのは、記憶にある病院の天井だった。

「・・・夢じゃなかったのか」

使徒は結局、初号機の暴走で殲滅された。
気を失ったシンジは、そのまま病院に運ばれたのである。

シンクロ率こそ高かったが、シンジはATフィールドすら張らなかった。
自殺願望があったのかも知れない。
エヴァが起動したなら射出する前に暴れてやろうかとも考えていた。

復讐に取り付かれ自分達を駒にするくせに、優しいお姉さんを演じる偽善女も、謂れの無い嫉妬をレイに向ける似非金髪なMAD科学者も、子供に死闘を強いていながら自らは銃すら握らない童顔レズ女も、ダミープラグを使用した時に大人の論理で説明しようとする色呆け眼鏡も、パターンの報告しかしないロン毛オペレータも。

NERVと言う組織全体が、自分達チルドレンを脅し、または洗脳して戦闘に出すためだけに働いている。
「人類を護る」と言う金看板を掲げ、チルドレンにその責務だけを押し付けるNERVと言う組織。

しかし、上層部やその上位組織は、そんな事はこれっぽっちも考えていない。
ただ、自分達の妄想のため、チルドレンを駒に使い、痛い思いと辛い思いを強いているだけ。

皆憎かった。
誰よりも、父である事を放棄していながら、都合よく自分を使おうとする男が。

自分勝手な思い込みで殴り掛かって来た似非関西人も、その関西人を慕い庇うお節介お下げ女も、何も知らず幼稚な英雄願望で自分を羨んでいた眼鏡ヲタクも。

皆嫌いだった。
誰よりも、逢った瞬間から自分を蔑み、八つ当たりし、家政夫のようにこき使い最後に「気持ち悪い」と拒絶した傲慢自己中女が。

全て壊したかった。

絶望を味合わせてやる。

シンジは如何に自分の望みを叶えるかを、考えていた。
少なくとも今は、巧く立ち回ると怪しまれるから、何もしない方が良いと考えエヴァが暴走するのを待ったのだ。
それで死ぬならそれでも構わないと投遣りだったのも確かであった。



カツカツと聞き覚えのある早足の足音が近付いてくる。
シンジは、そっと扉の横で折畳み式のパイプ椅子を頭上に構えた。

「シンちゃ〜ん、調子はどうかなぁ?グワッ!」

ミサトはノックもせずにシンジの病室に入ると、頭に強烈な衝撃を受けた。

シンジがパイプ椅子で思いっきり殴ったのである。
もんどりと倒れ込むミサト。
パイプ椅子はくの字に折れ曲がっていた。

シンジは痙攣しているミサトの懐から銃を抜き取り、腰に付けてある予備弾倉も奪い取る。
ミサトをベッドの下に転がし隠すと、その足で病室を抜け出し、記憶にあるレイの病室へと足早に向かった。

一応ノックをするとシンジはレイの病室へと入る。
レイが返事などしない事は解っているからだ。

「・・・誰?」
「ん?碇シンジ。昨日ケイジで逢っただろ?」

「・・・何か用?」
「うん、綾波にお願いがあってね。綾波のカードはどこ?」

「・・・そこの制服に入っているわ」

シンジは壁に掛けてあるレイの制服のポケットを探り、レイのカードを探し出す。

「じゃぁ、悪いけど僕に負ぶさってくれる?」
「・・・何故?」

「一人では歩けないだろ?」

レイは理由が解らないが、特に拒否する理由も浮かばなくシンジに従う。
レイを負ぶさり、病室を後にするシンジ。
背中に当る膨らみと、レイのお尻を支えている手に伝わる感触に頬を紅くしていたのは、ご愛敬だろう。

「・・・何処に行くの?」
「ターミナルドグマ」

レイは一瞬目を見開いたが、背中に負ぶっていたシンジはその顔を見る事は出来なかった。
そして、最高機密であるはずの場所に連れて行くと言うシンジに、ゲンドウやリツコと同レベルの人間だと誤解し、納得していた。



人工進化研究所第三分室。

本来、シンジのカードでは入る事すら出来ない場所だが、思った通りレイのカードでは難なく入って来る事が出来た。
シンジは記憶にある通路を通り、ダミープラグのプラントへと足を進める。

「大丈夫、綾波達を解放してあげるんだ」

背中に担いでいるレイが小刻みに震えていたためシンジは、レイに声を掛けた。

「・・・私は無に還るの?」
「それは綾波次第だよ」

そう言って、シンジはレイを下ろすと、数十体のレイが浮かぶLCLのバルブを回す。
崩れゆくレイ達。
リツコがボタン一つで崩壊させたと言う事は、LCL濃度を変えれば崩壊する事は解っていた。

涙を浮かべるレイ。

「ごめん、哀しかった?」
「涙・・・私泣いているの?」

「さぁ行くよ」

シンジは再度レイを背負い、ターミナルドグマに向かった。
レイはシンジの行動を止めようとはしない。
ゲンドウを盲信しているとは言え、「余計な事は考えるな」とか「命令に従え」と言われているので、それ以外の行動を取る事が選択肢に無いのだ。

そして、自らも嫌悪を感じていた同じ姿をした者達。
それが無くなる事に喜びを感じていたが、今のレイにはそれが喜びだと気付く事は無かった。
ただ、自分を負ぶさる人物が、自分を解放してくれるような、そんな期待が膨らんでいた。


「いっつぅ〜っ!まぁったく、いきなりなんて事するのよ!あの糞餓鬼はぁ!」

リツコに頭の包帯を巻かれながらミサトが喚いている。

「私達がしたことを思えば、想定できる行動ではあるわね」
「逃げだしたって言うの?だからって何も私を殴って逃げなくてもいいんじゃない?!」

頭に包帯を巻いたミサトは、自分に下された行為に対して憤慨している。

「監視カメラによると、間が悪かったとも取れるわね」

シンジの行動だけを見ていたならそうであろう。
入ってくるのがミサトだとシンジが知る由もないと誰もが思う。
しかし、シンジはミサトを狙い打ちしたのだ。
いや、その時入ってくるのがミサトだと知っていたと言う方が正しいかも知れない。

「で?その糞餓鬼は今何処に居るの?」
「消息不明よ。但し、NERVから出た記録は無いわ。現在、保安部で捜索中。ジオフロントの何処か、例えば人工森林の中にでも潜んでいる可能性が高いわね」

「不明ってどう言う事よ?NERVから出てないならMAGIで場所が解るんじゃないの?」
「シンジ君はまだ携帯すら支給されていないわ。それにジオフロント全域に監視カメラが有る訳じゃないし、入院中だったから監視員も付いていなかったのよ」

「全くっ!見つけたらギッタンギッタンにしてやる!」
「その前に撃たれない事ね」

「餓鬼に人は撃てないわよ」
「そう?いきなり貴女を殴りつける事は出来ても?」

「ぐっ・・・」
「これは可能性の範疇だけれども、貴女は嫌悪されている可能性が高い事を知るべきね」

「何で私が!?」
「無理やり決戦兵器に乗せ、使徒の目の前に射出。死ぬ思いをしたのよ?」

「それは私のせいじゃ・・・」
「発進命令を下したのは貴女よ?それにしても貴女の頭ってすごいわね」

リツコはくの字に折れ曲がったパイプ椅子を見つつ、溜息混じりに呟いた。

「それより、何でレイを連れ出したのかしら」
「全く不明。レイの重傷を考えるとあまり長く逃亡して欲しくないのだけれど・・・」
あからさまに話題を変えようとしているミサトの問いに答え、(偽善ね)とリツコは自らの言葉を詰っていた。
例えレイが死んだとしても次の体は幾らでもあるのだ。

「どうせ安っぽい正義感を出して、愛の逃避行でも演じているんじゃないの?」
「その安っぽい正義感を利用して、エヴァに乗せたのは貴女を含めたNERVよ」

「だからって、連れ出して逃げるなんて考えられないわよ!」
「そう?レイの為に乗ったなら、レイがここに居たら自分もレイもまた乗せられると考えるのではなくって?」

「だとしても、あのレイが黙って付いて行くとも思えないわ?」
「それはそうね・・・」

どこか憧れを見ているような目をして話しているミサトとリツコ。
自分達も誰かに連れ出して貰いたいとでも思っているのだろうか?



シンジの目の前には、胸から下が無い白い巨人が紅い十字架に張付けられている。
シンジはレイを背中から下ろすと、一度抱締めた。

「ごめん、重傷なのに無理させて」

レイは何故シンジがこういう行動を取るのか理解できない。
しかし、レイに取って生まれて初めての抱擁は、どこか心地良さを感じさせていた。

「・・・どうしてこう言う事するの?」
「い、いや、無理させて悪かったなと思って」

シンジは自分の行動を今更ながら冷静に考え、顔を紅くして答える。

「・・・問題ないわ」
「それで、お願いなんだけどリリスに還ってくれないかな?」

「・・・どうして?」
「僕と一つになって欲しいんだ。そのためにはリリスの力が必要でしょ?」

「・・・何故、私が貴方と一つにならなければ行けないの?」
「口では上手く説明できないや。一つになってくれれば解ると思うよ。何より僕は綾波と一つになりたいんだ」

暫くシンジとレイの見つめ合いが続く。
無表情に見詰めるレイに向かってシンジは優しい微笑みを以て見詰めていた。

レイの中で僅かな記憶が呼び起こされる。

零号機暴走時のゲンドウの自分を通り越して見ているような優しい瞳。
ケイジでの哀しそうなシンジの瞳。
そして、今、自分に向けられている優しい瞳。

「・・・良いわ」

そう言うとレイは、空中に浮かんで行きリリスに還って行く。

何故そうしたのかレイにも解らない。
多分、代わりが居る自分の、代わりである彼女達を解放してくれた事で、自分もシンジに対し、何かしなけれないけないと思ったのかもしれない。

・・・ただいま
おかえりなさい

レイを取り込むと共にズルリと十字架から抜け落ちる白い巨人。

巨人は光輝くと徐々に収縮していく。
シンジの前にゆっくりと降り立った白い巨人だった者は、綾波レイの容姿に6対12枚の羽を背負った女神と成った。

その姿は、綾波レイの容姿を持っているが、全くの白。
髪の毛までが人では有り得ない純白。
全裸であるが、全く淫靡さを感じさせない。
それは体つきが幼いからとかではなく、強いて言えば神聖だから。
そしてゆっくりと瞼を開けた瞳だけはルビーのような深紅だった。

「綾波・・・」
「・・・貴方はこの姿の私を、まだその名前で呼んでくれるのね」

「だって綾波は綾波だろ?」
「・・・貴方の願い、叶えてあげるわ」

そう言うと、真っ白なレイはシンジを優しく抱擁する。

「ありがとう・・・」

レイに抱締められ幸せそうに目を瞑りレイの背中に手を回すシンジ。
その瞼からは、涙が滴り落ちていた。

暫くの抱擁の後、パシャンと言う音と共にシンジの身体はLCLとなった。

「・・・そう、そう言う事だったの・・・行きましょぅ碇君」

リリスは本来、無垢では無い。
聖書にあるようにアダムより先に知恵の実を持った者である。
そして知恵の実を食べ楽園を追放されたアダムとは違い、神と同レベルの存在なのだ。

(・・・心配しなくていいわ碇君。私は貴方の知っている綾波レイではない。でもあの娘達を解放してくれ、この姿に戻してくれた貴方が私は愛しい・・・だから私に還りなさい。貴方の願いは叶えてあげるわ)

真っ白なレイは、優しく微笑んでいた。



薄暗く無駄に広い空間。
その中央にポツンと一つだけ大きくがっしりとした執務机が設置されており、NERV総司令、碇ゲンドウが座っていた。
天井にはセフィロトの樹が描かれており何かの宗教団体を想起させ、その場に居る人間の醸し出す雰囲気も手伝い、かなり居心地が悪い。

そのNERV本部司令室は、今までに無い緊迫が支配していた。

「レイの素体、並びにリリス、及び、初号機、零号機の生体部品が忽然と消えた状況です」
ゲンドウの前でリツコは震えながら報告を行っている。

一夜明けてみると、初号機も零号機も生体部品が無くなっており、装甲だけと言う状態であったのだ。
そして支えを失ったコアは、崩れ落ちた装甲の中に埋もれていた。

レイが3人目へと移行していないか確かめる為にセントラルドグマに降りていたリツコはマヤから初号機と零号機の報告を聞き、感じる物があったのか、ターミナルドグマを確認するとリリスすら消滅していたのだ。

あまりにもまずい状況である。
この男の計画を知っているが故に、それは、致命的な問題であることがリツコには解っている。

「・・・原因は?」
「リリスや生体部品については不明です。レイの素体についてはシンジ君が破壊した様子が監視カメラに映っておりました。その場には重傷のレイも映っています」
ダミープラントには、MAGIに接続されていない独自の監視カメラが設置されていたのだ。
それはゼーレに知られる訳にはいかないために施されている処置であった。

「くっ・・・シンジめ」
「碇がシンジ君とレイに施してきた態度のツケか・・・」

ゲンドウの横に立っているロマンスグレーの副司令、冬月コウゾウがゲンドウのミスだとばかりに呟く。
冬月は常々、レイやシンジの扱いに異論を唱えていたのだ。
人道的なのでは無い。
どちらかと言えばゲンドウより外道であろう。

ゲンドウは、レイに対してはどこぞのカルト集団のように、劣悪な環境に置き自分だけが優しくする事により盲信させると言う物だが、シンジに対しては放っておくだけで楽観的過ぎたのだ。

放っておけば親に対する愛情を渇望する。
父の命令とすれば、臆病な我が子は従うしか術はないと考えていたのだ。
つまり、それは鞭だけ。

冬月はシンジにも飴が必要だと常々具申していたのだった。

「あれは臆病者です。ゼーレ辺りに洗脳されたのでしょう」
「ゼーレがシンジ君に接触した事実はないがな」

「・・・シンジが知っている事の方が有り得ません」
「レイが話したのかも知れんぞ?それでこれからどうするつもりだ?」

「・・・コアは無事なのだな?」
「はい、コアについては損傷も変化も認められません」

唯一の明るい報告のためリツコも今までの緊張を幾分和らげて報告を行う。

「・・・レイの行方は?」
「第三新東京市は疎か、NERV本部内から出た痕跡は認められません」

ターミナルドグマは、その性質から監視カメラを設置していない。
セントラルドグマを出た後のシンジ達の行動は、MAGIにも残っていないのだ。

「・・・保安部と諜報部を総動員して探させろ。多少手荒な真似をしても生きていれば構わん」
「使徒はどうするのだ?」

「・・・弐号機の召喚を急がせ、参号機を徴発する」
「ゼーレが納得すればいいがな」

「・・・老人達も命は惜しい、承諾する以外にないでしょう」

冷静を装っているが、この男が焦っていることは、冬月にもリツコにも解っていた。



その頃、第二東京市を飛び立つ飛行機の中にレイは居た。
何故か着ている物は、シンジのワイシャツにシンジの黒いズボン。
さながら、男装の麗人と言うところである。

不敵にも、髪は蒼銀、瞳は深紅のままであった。
NERV権限をちらつかせパスポートを早急に作らせたのだが、その際自分のIDカードを見せたため、そこに映る顔写真と違える訳にはいかなかった為である。

レイが見つからなかったのは、MAGIに絶対の信頼を置いて、NERV本部内から出ていないと信じて疑わなかったため、そのような所まで捜索を広げていなかったのだ。
しかもレイがNERV権限をちらつかせ早急にパスポートを作らせたので、データベースに乗るのが遅れたのも理由の一つではある。

レイは、NERV本部や第三新東京市を出る時は、容姿を変えていたのだ。
既に自らのATフィールドを操作し、容姿はどのようにでも変える事が出来るのだ。
でなければ6対12枚の羽は目立ち過ぎる。
ただ、長らくその容姿を取っていた為か、綾波レイの容姿が基本の容姿となっているようであった。



NERVの技術職員達は寝る間もなく働いていた。
弐号機の召喚を早める事は認められなかったが、素体レベルでしか完成していない参号機の徴発が認められた為だ。

空輸されて来た参号機に初号機の装甲を取り付け、完成していない素体部分の調整、チルドレンの選出と、リツコは、多忙な技術部の中で更に多忙を極めていた。

目まぐるしくキーボードを操作するリツコの傍らで、ミサトは暇そうにコーヒーを飲んでいる。

「それで?パイロットは見つかったの?」
「シンジ君とレイの事?それとも参号機?」

ミサトに返事をしながらもリツコのキーボードを操作する速さは衰えない。

「どっちもよ」

諜報部と保安部が総出でシンジとレイの捜索を行っている。
技術部は参号機を使えるようにする為に、文字通り不眠不休で働いている。
正しく猫の手も借りたいと言う状況の中、ミサトが暇そうに自分の執務室でコーヒーを漁って行き、尚且つ邪魔にしかならない言葉を掛けてくる事にリツコは、ほとほと呆れていた。
しかも聞いて来る事は、自らの願望の為の事でしかない。

しかし、ここで無碍に扱っても、時間を置いてまた来る事は必至である事もリツコは理解している。
リツコは、ふぅっと溜息を吐くとクルッと椅子を回しミサトの方に向き直ると煙草に火を付けた。

「シンジ君とレイについては進展無し、報告は上がってきていないわ。参号機のパイロットは彼よ」

リツコはマルドゥック機関報告書と書かれた資料をミサトに突き出した。
それをパラパラと捲るミサト。

「へぇ〜強そうな子じゃない」

写真しか見ていないのであろう、その感想にリツコは眩暈を覚えた。
資料には「鈴原トウジ」と書かれており、その写真にはジャージ姿の腕を組んでムッとした顔の少年が写っている。

「彼への協力要請は、まだ行われていないわ。貴女、暇なら行って来てくれない?」
「えぇ〜?そんなの強制徴兵しちゃえばいいじゃない」

「その結果がシンジ君とレイの消息不明ね」
「あの糞餓鬼は、自分の義務を理解していないのよ!」

「無理矢理乗せて、そんな物あるわけないでしょ。貴女が行かないならマヤにお願いするわ」

そう言ってミサトから書類を取ろうとしたが、ミサトはすかさず書類を引っ込める。

「やぁねぇ〜行くに決まってるじゃない。じゃぁリツコ後はよろしくぅ〜」

そう言うとミサトは、そそくさとリツコの執務室を出て行った。

それを見送り、煙草の煙を吐き出すリツコ。
シンジの迎えさえ無理矢理自分が行くと言って聞かなかったミサトである。
パイロットを手懐けようとでも考えているのだろう。

「ふっ私には既にどうでも良いことだわ」

ミサトの行動に嫌悪を感じた物の、自分はそれ以上だと思い直し、煙草を揉み消すとリツコは再びキーボードを叩き始めた。






シンジとレイの消息が掴めないまま2週間の時間が過ぎ去る。
参号機は、漸く装甲が装備されエヴァらしい見栄えとなっていた。

「トウジ君、これが貴方が乗る参号機よ」

ミサトはトウジを引き連れ、ケイジにやって来ていた。
トウジは先の使徒襲来により怪我をした妹をNERVの病院に移す事を条件にエヴァパイロットとなる事を承諾したのだ。

「なんや、鬼みたいでんなぁ」
「鬼は言い得て妙ね」

「わしの前のパイロットは、どないしたんでっか?」

トウジの言葉にミサトは、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「んと、言い難いんだけど、逃亡中よ」
「逃亡中?」

「そう、私のこの頭も、彼に殴られた時の物よ」

そう言いながらミサトは自らの頭に巻かれた包帯を指さす。

「はん!ヘボな上に、恐ぁなって逃げ出すどうしようも無い奴やったっちゅう事でんな」
「そ、そうよ。だからトウジ君には期待してるのよ」

「任しとって下さい。わしが妹の仇を取ってみせたります」
「期待してるわ」

ミサトが歪んだ知識をトウジに植え込んでいる時に非常警報が鳴り響く。

「敵襲?トウジ君、行き成りで悪いけどエントリーの準備をしておいて」
「そんな!わしは、何の訓練もまだ受けてませんで?」

「いいから、準備しなさい!」
ミサトはそう叫ぶと、発令所へと向かった。



「司令の居ぬ間に、第四の使徒襲来。意外と早かったわね」
「前は15年のブランク。今回はたったの3週間ですからね」
「こっちの都合はおかまいなしか。女性に嫌われるタイプね」

ミサトと眼鏡のオペレータ、日向マコトの会話の間にもモニター上では使徒が悠々と海面を飛行していた。
これは衛星から送られてきている映像であったのだ。

「それで?上陸予測時間は?」
「それが・・・使徒はこちらを目指していないようなんです」
「なんですって?!」

ロン毛のオペレータ青葉シゲルの言葉にミサトは怒声を上げた。

「碇、間に合わなかったようだな」

発令所の本来ゲンドウが座っている机の横に立ち、冬月は誰にも聞こえないようにポツリと呟いていた。
リリスが消滅した今、レイが第三新東京市を離れていないとしても、使徒がここを目指すためにゲンドウはドイツ支部にアダムを委譲するようにドイツ支部に命令していたのだ。
しかし、ドイツ支部長はゲンドウを目の仇にしている男だった。
のらりくらりと理由をつけ、アダム委譲を先延ばしにしていたのだった。

「使徒の進路が解りました。ドイツを目指しています!」

シゲルの報告をミサトは苦虫を噛み潰したような顔で聞いている。

「なんで?!使徒はここを目指すんじゃなかったの?!」

行き場の無い怒りをリツコに向け詰め寄るミサト。

「解らないわ。ドイツが何かしたのかもしれないわね」

(リリスの無い今、アダムに向かったのね)と内心では思っていたが、リツコはミサトに対してはドイツ支部のせいだろうと言う言葉で濁した。

「くっ・・・」

ミサトの親指の爪を噛むその表情は酷く歪んでおり、正視に堪えられない。
流石のマコトも見ないようにしているのか、一心不乱にモニターを注視していた。

それに反し、発令所の中には安堵の雰囲気が漂っていた。
先の戦闘でも初号機が暴走してなんとか勝利したのである。
今回も、パイロットは先日選抜されたばかりの素人であり、参号機は組上げられたばかりの機体だ。
不安が先に立つのは当然であろう。

それはリツコとて同じである。
使徒の襲来を嬉々として迎えていたのはミサトだけであったのだ。



「エントリープラグ挿入」
「プラグ固定終了」
「第一次接触開始」
「LCL注入」
「主電源接続」
「全回路動力伝達」
「第2次コンタクト開始」
「思考形態はドイツ語を基礎原則としてフィックス!」
「A10神経接続異常なし」
「初期コンタクト全て異常なし」
「双方向回線開きます」

NERVドイツ支部では弐号機の発進準備が行われていた。
使徒がドイツ方面へ侵攻している事を聞いたドイツ支部長は、使徒がアダムを目指している事を確信していた。
ゲンドウに確執を持っているドイツ支部長は、これをゲンドウを出し抜きNERV司令になれるチャンスと狂喜していた。
その為にアダムの委譲をのらりくらりと先延ばしにしていたのである。

「エヴァンゲリオン弐号機!発進準備!!」

気合の入ったNERVドイツ支部長の号令が響く。
ドイツ支部では迎撃を想定していないため作戦部など存在しないためだ。

「第一ロックボルト解除!」
「解除確認!アンビリカルブリッジ移動開始!」
「第2ロックボルト解除!」
「第一拘束具を除去!」
「同じく第2拘束具を除去!」
「1番から15番までの安全装置を解除!」
「内部電源充電完了!」
「外部電源用コンセント異常なし!」

「EVA弐号機射出口へ!」

号令と共に射出口へ移動していく弐号機。

「ゲートスタンバイ!」

ドイツ支部の滑走路のような広大な場所の地面の一部が開いて行く。

「進路クリア!オールグリーン!」
「発進準備完了!」

「エヴァンゲリオン弐号機発進!!」

ジオフロントとは違い、地下からゆっくりと持ち上げられるだけのエヴァンゲリオン弐号機。

「セカンド!日本の間抜け共とは違う所を見せてやれ!最終安全装置、解除!エヴァンゲリオン弐号機、リフト・オフ!!」

『任せなさいって!サードなんて言う素人とは違うんだから!』

セカンドと呼ばれたエヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、惣流=アスカ=ラングレーは、迫り来る使徒に対峙する。
本部の初号機パイロットと零号機パイロットが消息不明である事は、アスカも聞き及んでいた。
使徒戦を経験したために怖くなって逃げ出したのだろうとアスカは、二人の事を小馬鹿にしていたのだ。
従って、今、目の前に迫り来る使徒に対し、恐怖を感じていたが、それを認める訳には行かない。

「いくわよアスカ!」

自らを奮い立たせるとアスカは、一気に使徒に向かって走り出す。
左脇にソニックブレイブを抱え、右手でパレットライフルを撃ちながら使徒に接近する弐号機。
悠々と飛行を続けていた使徒は、漸く敵と認めたのか、その体を起こした。

冷たい物を感じたアスカは、直線的に使徒に迫っていたのを、横っ飛びに動く。
そこに光の線が走り、弐号機の持っていたパレットライフルが真っ二つにされた。

『何よあれはぁ〜っ!』

使徒が肩と思われる部分から光の鞭をビュンビュンと振り回している。

「ATフィールドを纏わせた鞭と思われます。その先端の速度は音速を超えています」
ドイツ支部のオペレータが冷静に解析を行っていた。



「あれが使徒でっか?」
「そう、人類の敵よ」

NERV本部ではドイツのMAGI経由で、使徒と弐号機との戦闘状況を傍受していた。
今後のためになるだろうとトウジも発令所に呼ばれミサトの横でモニターを見せられている。

「流石、アスカ。なかなかやるわね」
「知ってるんでっか?」

「えぇ、私もここに来る前はドイツに居たからね。かわいい娘よ」

チシャ猫のような笑いを浮かべながらトウジに話すミサト。
使徒への復讐と子供をからかうのは、ミサトに取って同レベルであるらしい。
リツコはそんな事を考えながら、戦況を眺めていた。

「弐号機ATフィールドを展開しています!」
「何ですって?!データを取りこぼさないで!」

エヴァでの初のATフィールド発生にデータ取得に懸命になるリツコと童顔のオペレータ、伊吹マヤ。
ミサトの眼は、そんな二人の行動も気にせずモニターに釘付けであった。



凄まじいスピードで襲ってくる使徒の鞭に対し、アスカは防戦一方であった。

「アタシは・・・アタシは・・・負けてらんないのよ〜っ!」

今まで避けるだけで精一杯だった使徒の鞭を、弐号機はATフィールドを展開して跳ね退けたのである。

「うっりゃ〜っ!」

ソニックブレイブで使徒に切掛る弐号機。
しかし、使徒もATフィールドでそれを防いだ。

距離を取り、対峙する使徒と弐号機。
緊迫がドイツの発令所は疎か、本部の発令所までも包んでいる。

ゴクリと誰かが唾を飲む音を漏らした時、均衡は破られた。
弐号機が攻撃を仕掛けたのだ。

それを鞭を薙ぎ払う事により寄せ付けない使徒。
弐号機がATフィールドを展開したが、使徒もATフィールドを展開する。
両者によるATフィールド展開は中和となり、戦闘当初の状態へと戻っただけであった。

目が離せない一進一退を続ける弐号機。
その時、使徒が今まで横に薙ぎ払っていた鞭を直線的に弐号機に突き刺した。

「ぐはぁっ!」

横の動きに慣らされていたアスカは咄嗟の突攻撃に対処できず、右目を使徒の鞭に撃ち抜かれる。
それでもその鞭を握り締め、使徒を引き寄せるアスカ。

『いいぞセカンド!そのまま使徒のコアを破壊するんだ!』

全く簡単に言ってくれる。
しかし、使徒はもう一本の鞭で弐号機の右腕を切り落とした。

「ぐがぁっ!」

『落ち着け!セカンド!切り落とされたのはお前の腕ではない!』

確かにその通りだが、痛い物は痛いのだ。
更には右目も突き刺され右側頭葉もガンガンしている所、ドイツ支部長の怒声は雑音以外の何物でもない。

「殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」

使徒に鞭で刺された右目を押さえながら腕を伸ばし呪詛を唱えるアスカ。

「ぐぎゃぁ〜っ!!」

『弐号機沈黙!パイロット生死不明です!』

使徒は、弐号機を腹部から真っ二つに切り裂いたのだ。
唖然とするドイツ支部の発令所。

本部の発令所も唖然としているのは同じであった。
アスカの戦闘力を知っているミサトは、弐号機は最強のエヴァだと思っていた。
その弐号機が敗退したのである。
トウジは、自分が今度は弐号機のようになるかもしれないと言う恐怖で顔面蒼白となっている。
リツコはドイツにあるアダムと使徒が接触してサードインパクトとなると思い、既に諦めていた。

他の職員は、エヴァでは使徒に勝てないのではないかと言う思いに囚われていく。


「弐号機を自爆させろ」

ドイツ支部長の非情とも言える命令が下された。

「なっ!それではパイロットが!」
「エントリープラグを緊急射出すればよかろう。早くしろ!使徒が離れれば意味がないぞ!」

ドイツ支部長の命令によりエントリープラグを緊急射出させ、弐号機を自爆させるドイツ支部。

「なんてことを・・・」

ミサトが呟いたが、その光景に本部職員は、声も出せない。

(なんとかサードインパクトは防げたわね。腐っても支部長か・・・)

リツコは、人類が生き延びれた事に苦笑を漏らしていた。

「パターン青、消滅しました」

シゲルが、ドイツ支部のMAGIから送られてくるデータから、静かに報告を行い、本部発令所内の緊張は解かれた。



夕暮れのセピア色に染まる上空に、物理法則を全く無視して浮かび、その戦況を眺めていた者が居た。
白い半袖のワイシャツに黒いズボン。
蒼銀の髪に深紅の瞳。

碇シンジの服装を身に纏った綾波レイである。
レイは態々ドイツに潜伏し、使徒を誘き寄せたのだ。

「・・・ふふふ、頑張ったわね弐号機パイロット。でも碇君無しで貴女は使徒には勝てないのよ」

レイは、そう呟くと緊急射出され弐号機が自爆した爆風で飛ばされて行くエントリープラグを眼で追う。
そう、アスカが単独で使徒に勝ったのはサンダルフォンただ一体。
それもシンジの助言による熱膨張と言う弱点を突いた殲滅であり戦闘とは程遠い。

「・・・そこに居るのね」

弐号機の自爆によりポッカリと口を開けたドイツ支部の地下に、厳重に保管されているアダムの波動をレイは感じ取り移動を始める。


そこは研究施設の一つなのであろう。
部屋の中央には周りに色々な機材を埋め込まれた円形状の装置がある。

その装置の周りには色々な計測機器等で埋め尽くされており、その中心に胎児のような姿に不釣合いな大きな目だけギョロリとした握り拳程度の物体、アダムが保管されていた。

「・・・すっかり自我を無くし力だけの存在になっているわね。貴方の力を貰い受けるわ」

レイはそう言うと空中に浮かび上がり、アダムの真上に移動する。

左手を翳すと、厳重に保管されているはずの器からアダムが浮かび上がって来た。
自らの体内にアダムを取り込むレイ。

そして、誰にも気付かれないまま、その場を後にする。
本部のリリス消滅に引き続き、ドイツ支部もアダムを失ってしまった。






第四使徒襲来の後、NERV本部は慌ただしさを増していた。
サボリ魔のミサトでさえ、トウジに対する訓練に精を出していた。
但し、訓練計画を作成したのはマコトである。

第四使徒戦を傍受していた本部の面々は、次ぎの使徒に備え、自分達が生き残るために昼夜を問わず仕事を行ったのだ。

技術部は、エヴァ専用武器の開発を急いだ。
作戦部は、トウジに効率的な訓練を計画実施し、兵装ビルの整備も急がせた。
保安部と諜報部は、相変わらずシンジとレイの捜索を行っていた。

最も多忙に動き回っていたのは、何を隠そうゲンドウと冬月であった。
第四使徒がドイツに向かったため、各国が自国の護りを固めたがり、予算の確保が難しかった事がゲンドウが多忙になった主な原因である。

ゲンドウが世界を相手にしている中、冬月は、日本政府との交渉に忙しい。
予算が厳しい中、弾薬などの補給は、まず日本政府に協力させる以外にないからだ。
流石に政府相手では、使徒戦中でもないのに強制徴収を使う訳にも行かない。

ゼーレの面々も焦っていた。
エヴァで儀式を行う考えのゼーレも使徒一体につきエヴァを一体以上壊されていたのでは割に合わないのである。
しかも、日本に出現するはずの使徒がヨーロッパに出現した事が、更にゼーレを困惑させた。

しかし、これはドイツ支部長がアダムの委譲を妨害したせいだとゲンドウは主張。
アダムを消失させてしまったドイツ支部長は、使徒を殲滅した功績で相殺して貰うよう進言したが、弐号機の自爆では意味がないと却下され処分されてしまった。

文字通り、自らの首を繋げるためにゲンドウと冬月は東奔西走していたのである。



「碇、次ぎの使徒はここに来るのか?」
「・・・アダムとリリスが消滅した今、そのコピーであるエヴァを目指す可能性が高い」

「使徒を倒すためのエヴァが使徒を引き寄せるのか。民間人が知ったら黙っていないな」
「・・・奴等には何も出来んよ」

「計画はどうするのだ?」
「・・・今は使徒殲滅の手段を作り上げるのが先決だ」

「一時凍結か?」
「・・・シンジとレイの捜索は継続している」

「レイはあの怪我で生きているのか?」
「・・・リリスと融合している可能性が高い」

「それなら使徒がレイを目指すのでは無いのか?」
「・・・死んでいたとしても、シンジが居ればユイを目覚めさせる事が出来る」

「初号機はもうないぞ?」
「・・・コアを乗せ替えれば済む」

「時期が微妙だな」
「・・・四号機を徴収する」

「老人達が承諾するとは思えんぞ?」
「・・・方法は幾らでもある」

ニヤリと笑うゲンドウに、この男はどこまで傲慢で諦めが悪いのだと冬月は感じていた。



「これより、参号機再起動実験を行います・・・実験開始」
リツコの言葉で実験が始まった。

「第1次接続開始、主電源接続」
「稼動電圧臨界点を突破」
「フェイズ2に移行」
「パイロット、参号機と接続開始、パルス及びハーモニクス正常、シンクロ問題無し」
「オールナーブリンク終了」
「絶対境界線まで後2.5」
「1.7」
「1.2」
「1.0」
「0.7」
「0.4」
「0.2」
「絶対境界線突破します」
「参号機起動しました」

「引き続き連動試験に入ります」

リツコが、その先を促した時、後ろで状況を見ていた冬月の近くの電話が鳴る。

「そうか、分かった」

冬月は電話を置いた。

「テスト中断、総員第一種警戒体制」

ゲンドウが居ない為に、冬月が発令する。
ゲンドウは現在、何をしているのか不明だが司令室に居るのだ。
どこの誰とも解らない人間の起動実験など興味もないのだろう。



モニター上には、第三新東京市の上空に浮遊する、正八面体のクリスタルのような輝きを放つ物体が映し出されている。
周りの建造物との比較から、その巨大さは使徒以外の何物でもない。

「トウジ君、起動実験に成功したばかりで悪いけど、いいわね」

『任せとって下さい!ミサトはん!』

普通の中学生であったトウジは、ここ数日いつも一緒に居るミサトに傾倒していた。
美人でナイスバディーな作戦課長。
それがトウジのミサトに対する評価である。

作戦課もミサト以外は馬鹿では無い。
第四使徒戦を見ていたトウジに、訓練でも自信をつけさせるために色々と便宜を図っていたのだ。
そのせいもあり、現在、トウジはミサトを盲信している。

「良い心意気よ!エヴァンゲリオン参号機発進!」

ミサトは気分良く、エヴァの発進命令を下した。
突然の使徒襲来から、初めて自分の思う通りに事が進んでいるのだ。

つまり、シンジももっと早く呼び寄せ、訓練していれば第三使徒戦のような事にはならなかったであろう。
しかし、その事についてはミサトの責任では無いのでミサトを責めるのは酷である。

問題は既にミサトは、その事に眼を向けず、シンジは「自分を殴って逃亡した糞餓鬼」で完結している事である。
だから、先の事を考えられない。
もっと、何かしておく事がないかと疑問を浮かべる事が出来ないのだ。
そして、その結果はすぐに現れる事となる。

「使徒内部に高エネルギー反応を確認、収束中です」
「何ですって!」

「まさかっ・・・加粒子砲!?」

リツコの呟きにミサトは顔面が蒼白になる。
曲りなりにも軍人であるミサトには、その名称が強烈な武器である事を理解した。

「ダメッ!トウジ君避けて!」

ミサトは叫ぶが、射出の強烈なGを受けているトウジには、何の事だか理解する事は不可能であった。

『へ?』

尚且つ、射出したのみで、ロックボルトの解除も行われていない。
咄嗟の判断でシゲルが射出された前方の遮蔽壁を出したが、使徒の放つ加粒子砲には何の障害にもならなかった。

『うがああああああ!!!!!!!』

強烈な悲鳴に唖然とする発令所。

「早く下げてっ!!」

逸早く復帰したミサトが喚く。
条件反射で操作するマコト。

『あああああああああああああ!!!!!!』
『あうううぅぅぅぅ・・・』

トウジは意識を失った。

「ケージに行くわ!」

それだけを叫ぶとミサトは走って発令所を出て行く。
幸い、オペレータ達は職務を全うしていた。

「パイロット心音微弱」
「心臓停止しました!」

「生命維持システム最大、心臓マッサージを!」
「駄目です!」

「もう一度!」
「パルス確認!」

「心臓活動を開始しました!」
「プラグの強制排除急いで!」

参号機からエントリープラグが取り出される。

「LCL緊急排水」
「はい」

リツコの的確な指示に、マヤが素早く対応する事により何とかトウジの死亡は免れた。
ケージに着いたミサトが見たのは救護班に担ぎ出されて行くトウジであった。

「トウジ君!」

何のためにケージに来たのか、ミサトはトウジの名前を一度叫んだだけであり、当然だが、トウジにその言葉は届いていなかった。
何もできず、トボトボと発令所に戻ったミサトに声を掛けたのは冬月であった。

「葛城君、職場放棄かね?それとも敵前逃亡かね?」
「なっ!私はパイロットの無事を確認しに・・・」

「君が出て行った後、パイロットの心音は停止した」
「なっ!」

「幸い、赤木君の指示で一命は取り留めたが本来これは君が行うべき事ではないのかね?」
「ぐっ・・・」

ミサトは自らの非を認めないばかりかリツコを睨みつけている。

「・・・葛城一尉。NERVに無能は必要無い、これが最後だ。使徒を倒す有効な作戦を立案したまえ」
「はっ!」

ゲンドウは吐き捨てるように指示を出すと、ミサトの答礼に一瞥もせず席を後にした。
冬月もそれに続く。
こちらは、蔑んだような眼をミサトに向けて。

この二人も既に必死なのだ。
ここで参号機が敗退すれば後が無い。
最悪、ドイツ支部と同じく神風アタックも有り得るのだが、もう、すぐに使えるエヴァが存在しないのだ。
ここで参号機を失う事は、なんとしても避け、参号機で使徒を殲滅できる体制を整える必要がある。
本来、チルドレンの心を壊し、セカンドインパクト生き残りの広告塔としての役割しかなかったミサトであったが、その無能さが二人を苛立たせていた。



「・・・やはり無防備にラミエルの餌食にしたのね・・・ふふふ」

本来、人が登る事が出来ない兵装ビルの屋上からレイは状況を眺めていたのだ。
使徒が第三新東京市に襲来したのもレイが戻ってきているからであった。

使徒はレイを攻撃する事はない。
求めて来ている物を破壊するはずも無いのだ。
レイは、にっこりと微笑むとその場を後にした。

使徒に掘削を促すためにジオフロントに行くためだ。



「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね」

ミサトの作戦立案書の内容に渋い顔をする冬月。

「そうです。目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー集束帯による一点突破しか方法はありません」

司令室でミサトは直立不動で作戦の説明を行っていた。
二人に対峙するはミサト。
最後通告をされた為か、その表情も厳しいものとなっている。

「MAGIはどう言っている?」
「スーパーコンピューターMAGIによる解答は、賛成二、条件付き賛成が一でした」

「勝算は8.7%か」
「もっとも高い数値です」

「・・・反対する理由はない。存分にやりたまえ、葛城一尉」
「はい!」

ゲンドウの言葉に、安堵の表情を浮かべ敬礼するミサト。
戦自から開発中の自走陽電子砲を強制徴収し、日本中から電力を徴収すると言うとんでもない作戦は、こうして実行される事となった。



作戦の準備はかなり速やかに行われた。
エヴァが一体しかないため、自走陽電子砲は自走陽電子砲のまま使用されるためだ。

MAGIと繋げるだけなら電気的工事のみで済む。
態々エヴァに撃たせるためにはエヴァで操作出来るようにトリガーや撃鉄を改造しなければならなかった。
つまりエヴァで倒す事に拘った者達による、不要な作業だったのである。

ミサトは自らトウジを宥めすかし再度戦闘に出す事に成功していた。
女の武器を使ったらしいが、詳細は定かでは無い。
大人のキスとやらを教え、帰って来たら続きの約束でもしたのかもしれない。

中学校の屋上ではそわそわとしたお下げの女の子と、眼鏡を掛けたニキビだらけの男の子他十数名が佇んでいた。

「遅いわね。もう避難する時間よ」
「パパのデータからチョロまかして見たんだ。この時間に間違いないよ。委員長だってトウジの勇姿を見てみたいだろ?」
「でも・・・」

委員長と呼ばれた少女がオドオドとしていると、一斉に鳥が飛び立つ音に思わず驚く一同。
山がスライドして、発進口が見えてくる。

「山が動く」
「エヴァンゲリオンだ!」

発進口から姿を現すエヴァ参号機。
夕日をバックに進むエヴァを、一同は声援を送りながら見送った。

「おっ!ケンスケに委員長やないか」

トウジは見慣れたクラスメートに向けエヴァの手を振る。
一気に歓声が湧き上った。



《東京標準時00:00:00》

「作戦スタートです」

時報を確認しマコトがミサトに告げた。
静かに頷くミサト。
ミサトの前には、ゲームの射撃用トリガーのような物が備え付けられている。
その先には使徒を映し出しているモニター。

引鉄を引く役目はミサト自らが行う事にしたのだ。
モニターに映る照準は、地球の自転、磁場、重力の影響を受けた誤差をMAGIが修正し映し出される事になっている。
ミサトは使徒に自ら引導を渡せる事に狂喜していた。

「第一次接続、第407区まで送電完了、続いて第408区から第803区までの送電を開始します」

マコトがレバーを起こすと、付近一帯を地鳴りのような音が包んだ。

「ヤシマ作戦スタート!!」

ミサトが作戦の開始を声高々に告げた。

「電圧上昇中、加圧水系へ」
「全冷却機出力最大へ」
「陽電子流入順調なり」
「温度安定依然問題無し」
「第2次接続!」
「全加速器運転開始、強制収束機作動!」

マコトの監視するモニターではエネルギーを示すメーターが順調に上がっている。

「第三接続、完了」
「全電力、陽電子砲へ」
「最終安全装置、解除」

ミサトは、バイザーを付けると更に集中してモニターを凝視した。
モニター上のライフルを示すマークの安全装置が『安』から『火』に変わり、撃鉄があがる。
ミサトの前のモニターも、マークが揃っていく。

「地球自転誤差修正、プラス0.0009」
「電圧、発射点へ上昇中。あと15秒」

「10・・9・・・8・・・7・・」

マコトのカウントダウンが静まりかえった仮設発令所に響いている。

「6・・5・・4・・」

その時、急に使徒の明るさが増した。
そのスリットに光が走り始める。

「目標に高エネルギー反応!」
「なんですって!」

マヤの悲鳴にも似た報告に、リツコも声を上げた。

一方、ミサトの前のモニター内の赤いランプの中心のマークは揃っていく。
ミサトはマークが揃うと同時に躊躇せず引鉄を引いた。

陽電子が打ち出されると同時に、使徒の加粒子砲も発射され両方が交差し合い着弾が反れる。

仮設発令所にも、かなりの衝撃が走った。
陽電子は使徒の少し横のビル街に着弾しエネルギーの柱がモニターに映っている。
加粒子砲は山の中腹に激突し、爆風が周囲の木々を薙ぎ倒していた。

(ミスった!!)
「第2射急いで!!」

ミサトが次射の指示を叫ぶ。

「ヒューズ交換」
「再充填開始!!」

マコト達オペレータは次射のためのコマンドを自走陽電子砲へと急いで送り込む。

「目標内部に再び高エネルギー反応!!」
「トウジ君!護って!」

ミサトの声と共に、参号機が自走砲の前で盾を翳す。

「銃身冷却開始」
「使徒加粒子砲を発射!!」

使徒からの加粒子砲が参号機の翳した盾に阻まれ、辺りが白い光で包まれる。

「発射まで15秒」
「発射まで10秒」

『ミサトはん!もうあきまへん!』
「もう少しよ!頑張って!」

弱音を吐くトウジに、ミサトは歯噛みしながらも激励の言葉を掛ける。
なんとか次射まで持ちこたえて貰わなければ困る。

「・・8・・7・・6・・5」

「参号機、盾消失します!」
「くっ早すぎる!」

盾の消失と共に参号機は、その場に蹲るが加粒子砲を避ける事は出来なかった。

「なっ!トウジ君!」

ミサトは参号機を盾にしてでも自走陽電子砲を護って欲しかったのだ。
自走陽電子砲は、蹲った参号機の影にかろうじて隠れている。

早く早くと焦りながら照準を凝視していたがプツンとモニターが切れた。
それと共に吹き飛ばされる仮設発令所。
参号機を消滅させた使徒の加粒子砲は、そのまま自走陽電子砲に直撃し爆発したのだ。



電源の点る発令所。
日本中の電気を徴収したため発令所もその例に漏れなかった。
MAGIを稼動させる最低限の電源だけを廻し、後は自走陽電子砲へと廻していたのだ。
そのため、徴収した時間が過ぎると共に自動的に発令所にも電源が点った。

「終わったな」
「・・・あぁ」

安堵の息を二人は漏らしたが、一向に連絡が来ない。
冬月は訝しんだが、ゲンドウは早々に司令室へ向かい、その場を後にした。


「ぬぉっ!」

司令室に入ったゲンドウは、その窓から見える光景に仰け反った。
そこには第五使徒が悠々と回転しながら浮いていたのだ。
流石のゲンドウも使徒を間近に見て声を上げてしまった。

ゲンドウは発令所に居る冬月に電話を掛けた。

「冬月!使徒がここに居るぞ!」
『何?どう言う事だ!』

冬月は、端末を操作してジオフロントの様子を画面に出し、仮設発令所が設置されていた双子山も映しだすと、その惨状を目の当りにする事となった。

『こ、これは・・・赤木君達のところへ救護班を向かわせるぞ』
「・・・放っておけ」

しかし、ゲンドウは、もう人類は終わりだとばかりに投遣りになっている。

『そんな訳には、いかんだろ!』

冬月の怒声で電話は切られた。
ゲンドウは自らの執務机に腰を下ろす。
窓の外には使徒が居ると言うのに、大した胆力である。

「・・・冬月、救護班を向かわせるなら、地上の医療施設に避難させろ」 『何?どう言う事だ?』

再び電話に手を掛け、ゲンドウが発した言葉は、本部の自爆を示唆する物であった。

『R警報発令!R警報発令!ネルフ本部内に緊急事態が発生しました。D級勤務者は全員待避してください』

人工的な音声で職員の避難が勧告される。

『碇!本部を自爆させるつもりか?!』
「・・・使徒を倒すにはそれしかあるまい、老人達も、もう俺を放っておかんだろう」

ゲンドウは、自らの執務机の鍵がかかる引き出しの鍵を開け、1枚の写真を取り出す。
そこには幼いシンジを抱いて微笑んでいるユイの姿があった。

「・・・シンジ、済まなかったな」

自らの口から漏れた言葉に驚き、苦笑するゲンドウ。
その言葉を聞くものは、ここには居なかった。



使徒はNERV本部の自爆により殲滅された。
N2爆雷、数拾個の同時爆発は、使徒のコアをなんとか粉砕したのである。

その代償として、ジオフロントはターミナルドグマを含め全くの空洞となってしまった。
ゲンドウが自ら証拠を全て隠滅するために計算されていたのだろう。
MAGIを始め、NERV本部施設は跡形も無くなったのである。

先の作戦でNERV本部の中核である作業員は数千人単位で死亡してしまった。

仮設発令所はそれなりに頑丈に出来ていたらしく、その中で勤務していた者の中に死者は殆ど居ない。
しかし、五体満足な者も居なかった。
ミサトは片手、片足を失っており、軍人として復帰するのは不可能であろう。
リツコやオペレータ達も、目や、四肢を失っており、元の仕事への復帰は不可能であった。
復帰は疎か、日常生活さえ危ぶまれる者も少なくない。

上層部で唯一、五体満足で生き残っている冬月は、負傷したNERV職員救護の指揮を執っていた。
既に、ゼーレから後始末を指示されているのだ。

ゼーレは、未だ諦めていない。
この後はネバダにある四号機による、使徒殲滅を目論んでいる。

日本政府の存在を蔑ろにするわけには行かないゼーレは、形式上でも後始末が必要だったのだ。








「・・・ふふふ、次ぎはゼーレね碇君」
四号機パイロット、リナ=インバースは、ネバダ支部にて四号機を見上げながら呟いている。

その容姿は、蒼銀の髪に紅い瞳。
嘗て、ファーストチルドレンと言われていた綾波レイに瓜二つであった。



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後書き
ここまで、読んで頂きありがとう御座いました。
このHPも皆様の御陰で1周年を過ぎ、アクセス数も40万を突破と言う、信じられないような事になっております。
この場を借りて、お礼を申し上げさせて頂きます。

何か、新しい物をと思ったのですが、何分、能力が御座いません。
数ある廃棄プロットの中から、まとまりそうな物を拾ってきて、作成してみました。

記念作品と軽くスルーしてやって下さい。
それでは、今後とも、本HPを宜しくお願い致します。




新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。
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